真正護憲論概説書

真正護憲論概説書

真正護憲論(新無効論)Q&A

1.真正護憲論(新無効論)とは一体どんな理論なのですか。

真正護憲論は、自立再生社会(参考文献7参照)の再構築を実現するための国法学理論であり、主に次の三つの柱を主張する見解です。
まず、第一に、大日本帝国憲法(帝国憲法)は今もなお効力を保ったまま現存しているということです。
第二に、GHQ占領下の非独立時代に制定されたとする「日本国憲法」(占領憲法)は、「憲法」としては無効ですが、帝国憲法第76条第1項により、講和条約の限度でその効力が認められるということです。
第三に、同じく占領下においてこの占領憲法の下で定められた法律としての「皇室典範」(占領典範)は無効であるということです。
また、真正護憲論の別名である「新無効論」の「新」というのは、「旧」があるためです。占領憲法が憲法として無効であるとする見解の中でも、これまでの旧無効論は、帝国憲法か占領憲法か、どちらが憲法なのかという二者択一の議論であったのに対し、新無効論は、二者択一とするのではなく二者併存とする点に特徴があります。

2.真正護憲論は原状回復論を理論的根拠としますが、それはどういう意味ですか。

原状回復論というのは、平易に言えば、望ましくない状態に陥ったとき、もとの正常な状態に戻すことを義務づける法理のことです。人が拉致されたり、財産が奪われたときは、もとの状態に戻して被害を回復し損害を補填させることは当然のことです。これは、国内のみならず、国際判例を通じて確立され、世界のすべての法体系の主要な規範となっています。
ところが、我が国では、この規範が一部の領域でしか適用されていません。拉致問題や領土問題では辛うじて原状回復論が唱えられていますが、憲法問題や典範問題になると、その声が聞かれないのです。ご都合主義の二重基準では国家は再生できません。
この「原状回復」論を憲法に適用すれば、帝国憲法の「復元改正」になります。「復元改正」とは、一旦、帝国憲法体系に復元したと認識した上でこれを改正することです。これが立憲主義の本道なのです。真正護憲論は、原状回復論という救国の王道に基づく理論なのです。

3.真正護憲論は政治的に最も有用な理論だと聞きましたが、その理由を教えてください。

旧無効論の場合は、占領憲法が無効であるとしたら、これまでの間に制定された法律や政令、条例、行政処分や判決などはどうなるのかという疑問と不安に答えられませんでした。しかし、真正護憲論は違います。真正護憲論は占領憲法を講和条約の国内法的投影として慣習法として運用されてきたことは認めますので、その意味では「法的安定性」を害することはありません。さらに、もう一つの重要な効用があります。それは、この理論は、領土問題、防衛問題、外交問題、拉致問題、原発問題、教育問題、環境問題、災害救助問題など、ありとあらゆる問題に万能的な即応性があることです。今のままでは、占領憲法の不備と矛盾を抱えたまま、緊急事態になっても右往左往し、散々時間を空費して、ようやく憲法改正の議論をしようとすることしができません。占領憲法が憲法であるとすると、全く緊急事態に対応できる即応性がないのです。過去にもありましたが、そんなときになって急に、超法規的措置だと称して、あるいは解釈改憲を振り回して、政府が占領憲法を無視して行動することを許容してしまうことは、立憲主義を崩壊させる結果となります。そのようなことをさせないためにも、立憲主義に基づき、帝国憲法の制約に従って粛々と対処させることが必要なのです。

4.帝国憲法が現存しているのはなぜですか。

それは一言で言って、交戦権のない占領憲法では我が国は独立できなかったからです。皆さんは、我が国がサンフランシスコ講和条約(桑港条約)によって独立したことをご存じのはずですが、この独立は、占領憲法に基づいて独立したと思っているのではありませんか。ところが、そうではないのです。我が国は、昭和27年4月28日に桑港条約が発効して独立しましたが、桑港条約第1条によると、「日本国と連合国との間の戦争状態は、・・・この条約が・・・効力を生ずる日に終了する。」とあります。つまり、昭和27年4月28日までは「戦争状態」にあったのです。
ところで、占領憲法第9条第2項後段には、「国の交戦権は、これを認めない。」とありますが、この交戦権というのは、昭和20年2月3日に占領憲法の骨子を指示したマッカーサーノートの「rights of belligerency」の訳語です。これは、法律用語ではありませんが、そのままマッカーサー草案にも、帝国憲法改正案(政府案)の英文にも、そして、占領憲法の「英文官報」にも引き継がれています。そして、この意味は、現在、憲法学者がいろいろと後付けの解釈をしていますが、アメリカ合衆国憲法にいう、戦争権限(war powers)と同じ意味です。つまり、宣戦、統帥、停戦、講和という一連の戦争行為を行うことができる権限のことです。ですから、戦争状態を終了させる講和条約を締結することは、交戦権が認められない占領憲法ではできないのです。たとえ占領憲法第73条第3号に、内閣の権限としての条約締結権があるとしても、これは講和条約以外の一般条約についてであり、交戦権がない占領憲法では、戦争状態を終了させる講和条約は締結できないのです。では、どうして戦争状態を終了させ我が国が独立したかというと、それは、帝国憲法第13条の講和大権によってなのです。

5.ほかにも帝国憲法が現存していることを示す根拠はありますか。

あります。桑港条約だけではなく、その発効直後に締結された日華平和条約、昭和31年の日ソ共同宣言、昭和47年の日中共同声明でも同じで、これらの発効と同時に戦争状態は終了したのです。また、日中共同声明と同時になされた日華平和条約の破棄通告は、戦争状態を終了させたものを破棄したのですから、理論的には戦争状態の復活となり、これも交戦権の行使になります。さらに言えば、桑港条約は、いわゆる一部講和であり、ソ連などとの戦争状態は継続しました。つまり、一部の国とは戦争状態を終了させ、他の一部の国とは戦争状態を継続するとの外交判断は、まさに交戦権がなければできないのです。
このようにして、帝国憲法は、昭和47年まで実効性があったことになり、その後、帝国憲法が廃止されたことが証明されない限り、今もなお帝国憲法は生きているのです。紛れもなく、我が国は、帝国憲法が現存していたからこそ独立ができたのです。

6.最近、帝国憲法が現存していることが確認された例はありますか。

あります。それは、東日本大震災が起こった5日後の平成23年3月16日に今上陛下のビデオメッセージが放送されたことです。これは、昭和20年8月15日の玉音放送に匹敵します。玉音御真影放送というべきものであり、これは帝国憲法第8条の緊急勅令なのです。緊急勅令についての詳細は後に述べますが、天皇陛下は、その中で、真っ先に自衛隊員に対する慰労のお言葉を掛けられました。小泉元首相は、国会答弁で、「自衛隊は軍隊である」と発言し、占領憲法第9条第1項に違反する存在であるとしましたし、今でも違憲であるとの見解は根強いのです。ところが、天皇陛下がこの違憲の存在であるはずの自衛隊の活動を慰労されたということは、当然に自衛隊を容認されているからなのです。もし、占領憲法が憲法であるとすれば、「天皇は、・・・国政に関する権能を有しない。」(第4条)とすることからして、明らかに政治的発言に踏み込まれたことになりますが、これについてはどこからも異議が出ませんでした。つまり、今上陛下は、帝国憲法第8条に基づき、昭和天皇が関東大震災の際に緊急勅令を発令されたのと同様に、この度も緊急勅令を発令されたことになることから、帝国憲法は現存していると言えるのです。

7.占領憲法が無効である理由を教えてください。

無効の理由は多くあり、これまでも多くの無効論者が主張してきたものも総合しますと、全部で次の13項目があります。これは後でも述べますが、①から⑪までは、占領典範の無効理由と共通した無効理由です。(なお、典憲というのは、典範と憲法のこと。)
① 改正限界超越による無効
② 「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」違反
③ 軍事占領下における典憲改正の無効
④ 帝国憲法第75条違反
⑤ 典憲の改正義務の不存在
⑥ 法的連続性の保障声明違反
⑦ 根本規範堅持の宣明
⑧ 改正発議大権の侵害(帝国憲法第73条違反)
⑨ 詔勅違反
⑩ 改正条項の不明確性
⑪ 典憲としての妥当性及び実効性の不存在
⑫ 政治的意志形成の瑕疵
⑬ 帝国議会審議手続の重大な瑕疵

8.この無効理由のうち、重要なものはどれですか。

もちろん、どれも重要な無効理由です。しかし、これらの無効理由はそれぞれ関連し合っているため、ここでは、主要な点を次の4つにまとめて説明します。イ.憲法改正には限界があること。ロ.占領下での憲法改正は許されないこと。ハ.改正手続きに問題があったこと。ニ.憲法改正がまともに審議されなかったと。

イ 憲法改正には限界があること

まず、憲法改正に限界があるか否かですが、占領憲法の解釈においては、占領憲法の基本原理については改正ができないとされています。つまり、改正限界説です。ですから、帝国憲法についても改正限界説でなければ二重基準になってしまいます。現に、帝国憲法の解釈においても、改正限界説が定説でした。そうすると、占領憲法は、改正ができない國體の変更にまでに及び、国民主権主義を取り入れたので、このことを理由に占領憲法は、帝国憲法の改正としては無効なのです。

ロ 占領下での憲法改正は許されないこと

GHQが、占領憲法の制定を強制したことは、占領下で占領軍が占領地の法律を「絶対の支障」がないにもかかわらず改変することを禁じた「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」の条約附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」第43条に違反しますし、ポツダム宣言は、「民主主義的傾向の復活強化に對する一切の障礙を除去すべし。」(第10項)とするだけで、憲法改正まで要求していないのに、その改正を強制したことは、ポツダム宣言にも違反しています。このようなことは、「フランス1946年憲法」第94条にも、「本土の全部もしくは一部が外国軍隊によって占領されている場合は、いかなる改正手続も、着手され、または遂行されることはできない。」と規定されています。
さらに、このことは、帝国憲法第75条の類推からしても当然に導かれます。同条には「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」とあり、(摂政が置かれている間は憲法と皇室典範の改正は認められないということです。)天皇がご病気になられるなどの事態が生じたときは摂政が置かれますが、この趣旨は、摂政が置かれるという事態は、予測しうる国家の「変局時」であるという意味です。天皇がご病気であるというのは、天皇が御叡意により判断されることが困難な状態を例示したものです。ですから、ご病気ではないとしても、GHQ占領下のように、天皇の権限を全く停止され、自由で制約のない判断ができない時期において、憲法改正、典範改正ができないのは当然のことなのです。このことは、昭和31年に清瀬一郎が国会で指摘しています。

ハ 改正手続に問題があったこと

そして、さらに重要なことは、占領憲法は、(憲法改正が天皇の一身専属権であることを規定する)帝国憲法第73条に違反していることです。そもそも、マッカーサーノートに基づくマッカーサー草案によって改正命令がなされたことは、同条で定められている天皇の改正発議権を侵害しています。さらに、それを翻訳した憲法改正案(政府案)は、衆議院と貴族院において修正されていますが、帝国議会には修正権がないことは当時の定説でした。議会に修正権を与えると、換骨奪胎の修正に歯止めがかからないことになり、議会に発議権を認めたのと同じとなって、天皇のみに帰属する改正発議権を侵害することが理由とされていました。このことについて、なんと、共産党の野坂参三が帝国議会で指摘したのです。
また、共産党の志賀義雄や徳田球一は、憲法改正案が国民に周知徹底されていないことを指摘しており、志賀義雄は、そのことを理由に、改正の時期は熟していないとして議事の延期を求める緊急動議を出しましたが、あっさりと否決されて改正審議が進んだのです。すべてはマッカーサーの意向と指示命令に迎合した結果だったのです。このころの共産党は、二段階革命論という政治意図があったにせよ、憲法感覚は、今の政治家よりも格段に優れていたと言えます。

ニ 憲法改正が真面目に審議されなかったこと

憲法改正手続の時期は、国民が憲法改正よりも食糧確保に最大の関心があったときであり、しかも、プレスコード指令や神道指令などによる完全な言論統制と厳格な検閲がなされ、大量の公職追放がなされた状況での形式的で極めて短い本会議審議、さらに、マッカーサー草案の英文表記を翻訳することに終始した委員会審議であったことが明らかになったことからして、自由な政治的意志の実現とは程遠いものがありました。しかも、これらは、すべてGHQの強制と指示によるもので、こんな不十分極まりない形式審議によって暴力的に生まれた占領憲法が憲法であると強弁する人は、本当に日本人なのでしょうか。

9.占領憲法が有効だとする説にはどのようなものがあるのですか。

占領憲法が憲法として有効であるとする憲法有効論は、大きく分けて二つあります。一つは、始源的有効説です。これは、占領憲法ができた当初から憲法として有効に成立したとする見解です。これには、①改正無限界説、②革命有効説、③条約優位説、④正当性説、⑤承詔必謹説などがあります。そして、もう一つは、後発的有効説です。これは、初めは無効だったが、後になってから、ある事情で有効になったとする見解です。これには、①追認有効説、②法定追認有効説、③既成事実有効説、④定着有效説、⑤時効有効説などがあります。占領憲法が有効だとするこれら全ての論は憲法学的に見て大きな誤りなのです。

10.では占領憲法有効論のうち、始原的有効説から順番に説明してください。

①の改正無限界説ですが、当時も今も少数説です。改正に限界がなく、これまでの憲法の内容と全く異なったものでも許されるとするものです。これが誤っていることについては、國體論に関わる説明をしなければなりませんので、ここでは省略しますが、次の二つのことだけを説明しておきます。一つ目は、帝国憲法の上諭には、憲法改正について「敢テ之カ紛更ヲ試ミルコト得サルヘシ」とあることから、改正無限界説は帝国憲法においては成り立たないことです。二つ目は、仮に、この説に立ったとしても、それは国家が正常な時期に適用されるのであり、占領下の非独立時代という異常な時期には、この見解であっても適用されない点です。

②は、革命有効説です。「八月革命説」と呼ばれるもので、昭和20年8月に法律学的な意味での「革命」が起こったというフィクションを打ち立てる見解です。当時は、一斉を風靡しましたが、今ではこれを支持する学者は少ないのです。革命とは、国内勢力による政治的な自律的変革の現象であって、外国勢力による征服下での他律的変革を意味しないからです。
③の条約優位説というのは、帝国憲法よりもポツダム宣言の受諾や降伏文書の調印という講和条約の方が優位にあり、上位の法的効力も持つというものです。しかし、帝国憲法第13条に基づいて締結されたポツダム宣言の受諾や降伏文書の調印という講和条約が、その存在根拠である帝国憲法よりも優位であるとすることは矛盾です。親から子が生まれると、今度は子が親になるということはあり得ないのです。
④の正当性説というのは、内容が正しいものであれば有効であるとする見解です。何でも結果次第だというのです。何が正しいか否かの価値判断は、誰が決めるのでしょうか。貧しい人が北朝鮮に拉致されて、以前より裕福な生活ができていたとすれば、それが正しいのであって、北朝鮮に感謝こそすれ、批判してはならないということを認めるのがこの見解です。こんなものを「正当性説」と名付けること自体が間違いなのです。
⑤の承詔必謹説というのは、日本書紀にある聖徳太子の憲法十七条の「三に曰はく、詔を承りては必ず謹め。」(承詔必謹)を根拠とし、昭和天皇が占領憲法を上諭を以て公布されたことによって占領憲法は帝国憲法の改正法として有効だとする見解です。しかし、「天皇と雖も國體の下にある。」という「國體の支配」の法理からすると、「詔(みことのり)」の性質は、國體護持のためのもので、決して國體を破壊するものとして解釈してはなりません。真正護憲論は、占領憲法を講和条約の限度で有効と認めるのですから、天皇の公布自体を無効とするものではありません。また、形式的行為である公布行為が有効か無効かという問題と、公布された法令が実質的に有効か無効かという問題とは区別しなければなりません。また、後でも述べますが、公布という形式行為によって、違憲違法な法令が有効になるとすれば、それは天皇主権をみとめなければなりません。しかし、後で述べるとおり、昭和天皇も帝国憲法は天皇主権の憲法でないとされているのであって、帝国憲法が天皇主権の憲法でないことは、その条規からしても当然のことなのです。

11.続いて、占領憲法有効論のうち、後発的有効説について順番に説明してください。

①の追認有効説と②の法定追認有効説は、いずれも、無効の憲法が事後において追認がなされ、あるいは追認とみなされる事実があれば有効になるとする見解です。この見解は、追認に関する民法理論を借用してくるのですが、そうであれば、公序良俗に反することによって無効な行為を追認することはできないとする民法理論も借用しなければなりません。民法第90条には、「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」とあります。もし、公序良俗に反する行為、たとえば、人を殺した上、その遺族に対し、その殺人行為が正しかったと認めさせ、逆に、その遺族に詫び証文を書かせるという行為(占領憲法制定過程)は公序良俗に違反して無効ですが、もし、この無効であるはずの行為を事後に追認すれば有効になって犯罪とならなくなるとするのであれば、この行為を無効とした制度趣旨が否定されてしまうからです。
また、仮に、追認が可能であるとしても、追認の主体、方法、時期などに関して大きな問題があります。
また、③の既成事実有効説、④の定着有効説、⑤の時効有効説も、①追認有効説や②法定追認有効説と類似した見解です。③の既成事実有効説は、仮に、占領憲法が無効であっても、その後に占領憲法に基づいて法律が制定されてきたという「既成事実」が形成され、その事実を以て有効となったことの根拠とする見解です。また、④の定着説は、世論調査などからして占領憲法が国民の意識の中に国民の憲法として「定着」したことを有効となった根拠とする見解です。そして、⑤の時効有効説は、時間の経過が有効となる根拠であるとする見解です。しかし、これらは、簡単に言えば、革命有効説のような、急激な革命としては認められないが、じわじわと長い時間が経過して事実を積み上げて行けば、事後的に革命を認めるということなのです。一度に致死量の毒で殺してしまうのは犯罪だが、少しずつ毒を与えて判らないうちに殺してしまうのは犯罪でないということと同じです。
しかも、⑤の時効有効説は、そもそも時効の意味が解っていません。特に、物質(モノ)の権利の得喪に関する時効と、規範(ノリ)の得喪に関する時効との区別、公法の時効と私法の時効との区別、消滅時効と取得時効との区別などを全く無視して、私法の取得時効に関する規定をそのまま適用しようとするのは余りにも乱暴な議論です。

12.真正護憲論は占領憲法を講和条約に転換するということですが、これはどのような法論理に基づいているのですか。

我が国の国内だけの手続で制定されたとする占領憲法が、我が国と連合国との間で締結される講和条約として評価されるということは奇妙なことと思われるかも知れません。しかし、法律学の世界では、たとえば、遺言のように当事者一方だけで成立する単独行為が無効であるとされても、具体的な事実関係を踏まえて、死因贈与、つまり、死んだときには相手に贈与するという当事者双方の契約に評価されることが認められています。これを「無効行為の転換」と言います。この「無効行為の転換」という理論は、一般的な明文の規定はないのですが、法論理として当然に認められています。

13.では、なぜ12の「無効行為の転換」という法論理が占領憲法にも適用されるのですか。

この無効行為の転換と同じように、憲法(単独行為)として無効なものが講和条約(契約)に転換することもありうるからです。これが「無効規範の転換」と呼ばれるものです。このことは一般的な法理論からも肯定できますが、帝国憲法の場合は、そのことを規定した第76条第1項があります。ここでは、「法律規則命令又ハ何等ノ名稱ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ總テ遵由ノ效力ヲ有ス」と規定しています。この規定は、本来は帝国憲法が制定される前の法令に関するものですが、制定前というのは帝国憲法の効力が生じていない場合のことを意味しますので、占領されて独立を奪われたGHQ占領時代には帝国憲法の効力が停止されていた場合と同じ状況なのです。ですから、憲法としては無効な占領憲法が「日本国憲法」という名称を用いられてはいますが、それが講和条約としての実質を持っていれば、帝国憲法第13条の講和大権に基づいて締結された講和条約として評価されることになります。講和条約は、帝国憲法に基づくものですから、帝国憲法に矛盾しない存在です。早稲田大学の有倉遼吉(法学部教授)も、占領憲法は「講和大権の特殊性」によって成立したものと述べているのも、このことを意味すると思われます。

14.なぜ、占領憲法は憲法としては無効なのに講和条約なら有効と認められるのですか。

国内だけの手続で制定される憲法としては無効なものが、帝国憲法の下位の法令である法律と評価することはできません。違憲の法律もまた無効だからです。これは、国内固有の法体系(国内系)の理解からして当然です。ところが、どうして講和条約なら有効なのかと言うと、それは、講和条約が国際系(国際関係における法体系)だからです。戦争は必ず勝つとは限りません。負けた場合、戦勝国の強制で講和条約を締結することもあり、それが国内系の憲法に抵触することもありえます。占領憲法はまさにそのような講和条約だったのです。講和条約は、そのまま国内法になるのではありません。国内法体系への受け入れがなされて初めて国内系の法令となるのです。いわば、国際系というバイパスを通って国内系に入ってくるのです。以上のことから、国内系の規範体系における段階的な階層構造を不等式で表示してみますと、次のとおりとなります(=は同等同列の意味です)。

規範國體(明治典範を含む正統典範と帝国憲法を含む正統憲法の根本規範部分)>講和大権≧講和条約群(ポツダム宣言、降伏文書、占領憲法、桑港条約)≧憲法改正権≧憲法的慣習法≧通常の憲法規定部分>条條約大権≧一般条約=条約慣習法>法律≧緊急勅令>政令その他の法令

15.占領憲法は現在、国内でどのように受け入れられているのですか。

国際系のバイパスを通して国内系に入ってくるとしても、占領憲法は表面上は「憲法」の顔をしており、「講和条約」の顔をしていません。ですから、講和条約であると評価するとしても、それを国内的に受け入れること(国内的受容)を義務付ける規定がありません。つまり、立法条約(国内的受容を義務付ける条約)ではありません。ですから、たとえバイパスを通して国内系に入ってきたとしても、改めて立法化されないまま、実際は占領憲法が慣習法的に運用されているのです。
ところで、占領憲法には、帝国憲法の本質部分(根本規範部分)に抵触する部分とそうでない部分とがあります。特に、帝国憲法の本質部分に抵触する部分(たとえば国民主権条項など)は、講和条約としても無効ですが、それが実際には運用されてきたことによって慣習化していることになります。慣習というのは、事実としての慣習(事実たる慣習)のことですが、それが慣習法(法たる慣習)に昇格するか否かには争いがあります。
一般的には、事実の集積とその反復継続が実効性を満たすことによって規範化することはあります。これを事実の規範力と言いますが、あくまでもそれは「法の妥当的な規範意識内容」(尾高朝雄)でなければならないのです。違憲違法な慣習が「慣習法」となることは原則としてありません。平易に言えば、賄賂や売春などの行為が頻繁に繰り返された場合、その社会において、これをあくまでも違法であるとする規範意識が維持されている限り、賄賂や売春などが恒久的に合法化されることはないということです。
ところが、純粋な国内法体系の場合においてはそのとおりなのですが、国際系の講和条約をパイパスとして経由した場合には、このことがそのまま適用できなくなります。講和大権の特殊性からして、国民主権条項など、帝国憲法の本質部分(規範國體)を改廃する内容(①)については当然に違憲無効ですが、帝国憲法の条項には触れるものの、本質部分以外の技術的規定などの帝国憲法の部分を改廃する内容(②)を含むことがあります。占領憲法は、まさにそのようなもので、この部分については、「違憲の慣習」(違憲状態)となります。これが「事実たる慣習」(慣習)から「法たる慣習」(慣習法)となるかについては見解が分かれると思いますが、慣習法として認められたとしても、それは「違憲の慣習法」という違憲状態が生まれるのです。これは「違憲合法論」という得体の知れない怪物を取り扱う法哲学の領域なのです。これに対し、地方自治制度など、帝国憲法に抵触しない部分を改廃する内容(③)は、そもそも憲法事項ではなく法律事項ですから、「合憲の慣習法」ということになります。
そして、この合憲の慣習法には矛盾はありませんが、違憲の慣習法というのは、二つの矛盾した側面があります。それは、違憲の講和条約でも講和条約として遵守すべきとする法治主義(悪法もまた法なり)の側面と、違憲の講和条約は無効であるとする法の支配(悪法は法にあらず)との側面とが相対立する相剋状態にあります。
以上を整理しますと、占領憲法の①の部分は違憲無効ですが、②の部分は違憲の慣習ないしは違憲の慣習法として違憲状態にあり、③の部分は合憲の慣習法として認識されるのです。
このうち、②の部分は、違憲状態が継続しますので、これを受容するか否かは、帝国憲法復元後の改正手続によらなければなりません。帝国憲法の改正は、正規の要件と手続を経てなされるものでなければ無効ですが、講和大権は、国家の滅亡を防ぐために、帝国憲法の根本部分を否定しない限度において、帝国憲法に抵触する内容を含む講和条約を締結する権限があります。このパイパスの存在が、帝国憲法体制と講和条約体制との相剋を生む原因となっているのです。
そして、帝国憲法下で締結されたものと評価される占領憲法が、独立後においても時際法的処理(帝国憲法第76条による独立前の法令の整備処理)がなされていないことから、国内法秩序には正式に編入されていないために、世界でも稀な法体系となっているのです。
これらは法哲学の本源的な議論ですので、少し難しくなってきましたが、要するに、このような異常な二律背反の相剋状態があるために、立法、行政、司法のすべての政治の領域で影響を受けることになります。法の支配(帝国憲法体制)と法治主義(講和条約体制)の間を振幅することが国政の混乱する原因を作っています。このような異常で不安定な法体系の状態を一日も早く解消して奇胎の占領憲法から生まれてくる「違憲の慣習法」という怪物を退治するために、速やかに占領憲法が無効であると確認し、法の支配(國體の支配)を確立して祖国を再生しなければなりません。

16.占領典範が無効であることの理由について教えてください。

占領典範については、上記三の1の①ないし⑪に加えて、占領典範固有の無効理由として、さらに次の7つの無効理由があります。

① 皇室の自治と自律の干犯
② 法形式の相違
③ 規範廃止の無効性
④ 成文廃止の無効性
⑤ 廃止禁止規定違反
⑥ 占領典範自体の無効性
⑦ 占領典範自体の矛盾

このすべてについて説明すれば膨大になりますので、末尾の参考文献を詳しく読んでいただくとして、ここでは、このうちの最も主要な点である皇室の自治と自律が犯されていることについて説明します。

占領典範は、皇室の自治と自律を完全に否定しています。そもそも、「典範」というのは、皇室の家法であり、臣民が口出しするものではありません。ところが、占領憲法は、天皇の地位は「主権の存する国民の総意に基く」として、国民が主人、天皇を家来とするものですから、皇室は法律の統制下に置かれたのです。帝国憲法と皇室典範(明治典範)とは、同等同列の規範でありましたが(第74条)、占領憲法では占領典範を占領憲法下の法律としてしまったので、「典範」と名乗ることは「法名偽装」なのです。
占領典範は、歴史的に考察すれば、德川幕府による皇室不敬の元凶である「禁中竝公家諸法度」と同じ性質のものです。つまり、占領典範とは、現代版の「禁中竝公家諸法度」ないしは「禁裏御所御定八箇條」とも言うべき皇室弾圧法(皇室統制法)なのです。
明治典範では、天皇の諮詢機関として「皇族会議」があり、「成年以上ノ皇族男子ヲ以テ組織」(第55条)するものでしたが、占領典範では、皇族会議を廃止して皇家の自治と自律を奪い、決議機関として「皇室会議」なるものを設置しています。この皇室会議というのもは「皇室」とは無縁に近いものです。皇室会議なるものは、「議員は、皇族二人、衆議院及び参議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁の長並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官一人」の10人(第28条)で構成され、皇族議員は10人中2人に過ぎません。これは、果汁20%入りのジュースを果汁100%のジュースであると品質偽装するのと同じことです。
我々の世界で言えば、自分たちの子供が結婚する際に、様々なことを家族で決めるのが自然なのに、そのことについて、町内会長や自治会長、さらには市長や町長などが口出して多数決で決められる制度になっていたとすると、皆さんは黙っていますか。皆さんなら文句を言って政治的にも大問題になるはずです。ところが、天皇は国政に関する権能を有しない(占領憲法第4条第1項)ので、天皇はもとより皇室、皇族もまた、これが不当であると発言することは一切できないのです。そこまで、天皇、皇室、皇族を追い詰めることが許されるのでしょうか。このまま放置することは、臣民としては、万死に値する恥ずべき行為です。
ですから、象徴天皇制などと浮かれていることはできないのです。この現状を直視すれば、これは象徴天皇制ではなく、紛れもなく傀儡天皇制なのです。

17.国民主権とは何ですか。

マッカーサーが厚木基地に舞い降りたとき、口に咥えたコーンバイプに右手を添えて、左手には「玉手箱」を持っていました。この玉手箱は、アメリカで作られた日本の「主権」が入っているとされていました。戦前でも戦後でも、「主権」を見たと吹聴するイカサマ師もいましたが、実際には今まで誰も見た者がいないのです。そして、これが、占領憲法を作るときに必要なものだとされ、後日になって「天皇」の手から「国民」にこの玉手箱が渡されたかのようやうな儀式が政府と帝国議会を中心に演出されて占領憲法が作られました。ところが、この玉手箱の中には何も入っていません。そのことを知っている学者や政府の者もいましたが、殆どの人がマッカーサーの僕として利益と保身を保障され、命ぜられるままに立ち振る舞ったことから、みんなが騙されてしまったのです。しかし、これを開けると、嘘を示す黒い煙が立ち上り、これまで嘘で固めた政府組織が幻であったことに誰もが気付くはずです。

そもそも、主権思想というのは、人間が神(God)になる思想のことです。主権とは、絶対かつ万能であり、何ら誤りを犯さず、誰の制約も受けない最高の権限なのです。つまり、主(God)の権利のことです。
罪刑法定主義を唱へたフォイエルバッハの子、ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハが、マルクス、エンゲルス、シュトラウス、 ニーチェなどに後世多大な影響を与えた「キリスト教の本質」を著し、その中で、「人間の唯一の神とは、いまや人間それ自身である。」、「人間が神をつくった。」と述べていますが、これがまさに主権のことなのです。
これほど傲慢な思想はありません。そして、その主権が国王(国王主権)から国民(国民主権)に委譲されたとして、神→国王→国民へと主権がリレーされたとして、国民主権を唱えるのです。

18.帝国憲法が天皇主権だと言う人もいるようですが、この見解について説明してください。

帝国憲法が天皇主権だとするのは真っ赤な嘘です。帝国憲法は、天皇は統治権の総覧者であり、主権者とは規定していません。しかも、天皇と雖も帝国憲法の規定によって統治権を行う(第4条)とありますから、天皇が主権者でないことは明らかなのです。
そもそも、天皇主権という概念は、帝国憲法にはなく、いわゆる天皇機関説論争において、これに対抗する天皇主権説なるものについて、昭和天皇は、これを否定されていました。侍従武官長であった本庄繁陸軍大将の日記によれば、昭和天皇は、天皇機関説を否定することになれば憲法を改正しなければならなくなり、このような議論をすることこそが皇室の尊厳を冒涜するものであると仰せられたとあります。もし、天皇主権であるとしても、主権者自らが天皇主権を否定されたことに「承詔必謹」すべきではないでしょうか。

19.帝国憲法の復元改正とはどういう考え方なのですか。

真正護憲論は帝国憲法が現存しているとするものです。ですから、復元というのは、規範意識の復元であり、規範そのものの復元ではありません。この点は重要です。違法な慣習法として暫定的に運営されてきた占領憲法の規範意識から現存する帝国憲法の規範意識を復元することなのです。
決して、復元措置を講じて初めて帝国憲法が復元するということではないのです。

規範意識を回復した上で、具体的に帝国憲法体制に適合するように法整備をするにしても、まず、現在、機能していない帝国憲法下の機関(貴族院、枢密院、大審院など)については、帝国憲法の改正を余儀なくされます。それ以外にも、不備部分を補充したり改正したりする必要があります。それゆえに「復元改正」と言うのです。

20.帝国憲法の復元手順について具体的に教えてください。

占領憲法が憲法であるとすれば、その改正作業をするにしても、百家争鳴で一歩も進まず、しかも、第96条の改正手続のハードルが余りにも高いので、いつまで経っても改正できないことが明らかとなっています。
これに対し、復元改正の場合は比較的簡単ですので、これから、帝国憲法体系に復元整備させるための具体的な手順の概要について説明します。
まず、このことについて参考になるのが、昭和44年8月1日に、岡山県の奈義町において、占領憲法の無効を宣言し、「大日本帝国憲法復原決議」を可決した奈義町議会の壮挙です。
帝国憲法は現存していますので、規範意識の復元をするために、政治的に有用な方法としては、国会(衆参両議院)において、占領憲法の無効確認決議、帝国憲法の現存確認決議をすることです。しかし、これに限らず、地方議会での同様の決議も有用ですし、内閣総理大臣や首長による無効確認宣言、閣議決定、首相声明、首長声明でもよいのです。現に、東京都では、平成24年6月13日の東京都議会において、占領憲法と占領典範は無効であるとする土屋敬之都議の一般質問に対し、石原慎太郎東京都知事が賛意を表したことも、占領憲法無効確認宣言、知事声明なのです。
このような無効確認宣言などの性質は、あくまでも「認識の復元」として「無効である」と宣言することであり、この宣言をしたことによって「無効になる」のではありません。
そして、無効確認宣言などをした内閣によって、天皇に帝国憲法第8条による緊急勅令を発令していただくことになります。
帝国憲法第8条は、「天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ」とあります。ポツダム宣言受諾後においても、緊急勅令が発令されました。俗にこれを「ポツダム緊急勅令」と言っていました。
ですから、占領期に入るときも緊急勅令により、また、これから規範意識の復元をして、これから脱却するときも緊急勅令によるのです。行きは「ポツダム緊急勅令」、帰りは「復元緊急勅令」ということです。帝国議会は占領憲法制定後ずっと閉会中ですので、いつでも緊急勅令は発令できます。平成23年3月16の緊急勅令も帝国議会が閉会中のものです。国会は帝国議会ではありませんので、国会開会中でも緊急勅令は発令することができます。この復元緊急勅令によって、国会は帝国議会の暫定的な代行機関となり、これまで欠損していた帝国憲法下の各機関の代用機関が定められることになります。
そして、これを踏まえて、帝国議会の代行機関である国会において、帝国憲法の復元改正措置に関することを定めた「憲法復元措置基本法」(復元基本法)が制定され、復元緊急勅令と同格であり相互に補完し合う関係となります。
この復元基本法の骨子としては、占領憲法の無効確認と、無効確認に至った経過を記載し、5年程度の有効期間を定めた暫定的な「限時法」として占領憲法を位置付け、占領憲法の名称を「憲法臨時代用法」とし、法的安定性を維持するためにも、ほぼそのままの条文の配列にします。ただし、占領憲法の公布文及び前文をすべて削除し、法文中に「(この)憲法」とあるを「(この)法律(憲法臨時代用法)」と呼称変更します。ただし、第76条第3項、第81条の「憲法」は、そのままとし、これは「帝国憲法」を意味することになります。
しかし、憲法臨時代用法の条文配列はそのままであっても、帝国憲法に適合しない条項は変更されることになります。
たとえば、占領憲法第1条中の「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」の部分、第2条中の「国会の議決した皇室典範の定めるところにより」の部分、第4条第1項の全部、第5条の全部、第8条の全部、第9条第2項の全部、第11条後段の全部、第12条前段の全部、第13条前段の全部、第14条第2項の全部、第15条第1項及び第3項、第18条の全部、第24条第1項中の「両性の合意のみに基いて成立し」の部分、同条第2項中の「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して」の部分、第41条中の「国権の最高機関であつて、国の唯一の」の部分、第66条第2項、第76条第2項前段の全部、同条第3項中の「のみ」の部分、第88条前段の全部、第92条中の「地方自治の本旨に基いて」の部分、第96条の全部、第97条の全部、第98条第1項の全部、第99条條の全部などであり、これらをすべて削除することになります。

21.復元の過程において、講和条約としての占領憲法についてはどのように対処すれば良いのでしょうか。

ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印によって我が国は独立を失いましたが、桑港条約で独立を回復しました。これの間を被占領非独立の長い「トンネル」に例えると、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印は独立喪失のための講和条約(入口条約)で、桑港条約は独立回復のための講和条約(出口条約)です。そして、占領憲法が講和条約と評価されることになると、これは、トンネルの中間にある中間条約ということになります。
すべて同列の講和条約ですから、講和独立した際には、過去の不利益措置が免責されるという救済措置がなされるとするアムネスティの原則が規定されるのが国際慣習法ですが、桑港条約は、第19条(d)でその例外を規定しています。それは、「日本国は、占領期間中に占領当局の指令に基いて若しくはその結果として行われ、又は当時の日本国の法律によつて許可されたすべての作為又は不作為の効力を承認し、連合国民をこの作為又は不作為から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする。」とあり、「すべての作為又は不作為を承認」するとしているからです。この承認された作為又は不作為の中に、占領憲法が含まれるか否かの争いがありますが、国際政治の現状からすると、連合国は決して占領憲法はあくまでも自主的に制定した憲法であると主張するはずですから、講和条約であることを認めるはずがありません。無効規範の転換は、当事者の意思に基づくものではありませんし、連合国が講和条約ではないと主張しても、国法学的には講和条約に転換しているのです。また、連合国が講和条約と認めないことは、その方がむしろ我が国にとって好都合なのです。
どうしてかと言うと、この講和条約を将来に向かって破棄することについて連合国側から異議を唱えることがなく、破棄することの支障がなくなるからです。
では、どうして破棄できる根拠があるかと言えば、それは、「事情変更の原則」です。これによって講和条約の一部又は全部の破棄通告ができるからです。これには国際的にも前例があります。
「日ソ中立条約(不可侵条約)」を残期1年あるのを無視してソ連が破棄して参戦したのも、ヤルタ密約によって国際事情が変化したことを理由とするものですし、日華平和条約も、田中角栄内閣による日中共同声明による「日中復交」の実現という大きな事情変更があったことを理由として破棄しました。
占領憲法の破棄についても、事情変更の原則が適用されます。それは、朝鮮戦争を契機とした再軍備と、我が国を敵国と規定した国連憲章に基づく連合国の国際組織(国連)に我が国が加入したこと、様々な国際貢献を行い、イラクなどへ海外派兵したことなどから、講和条約としての占領憲法の存在意義を失っていることが理由として挙げられます。

22.講和条約としての占領憲法を破棄すれば、我が国は今後国際社会でどのような扱いを受けることになりますか。


破棄通告をすれば、今後において占領憲法によって国際的に拘束されることはありません。我が国が教科書問題、靖国参拝問題、A級戦犯合祀問題などの固有の内政事項について外国から干渉されるのは、占領憲法が講和条約であることの証です。これを破棄すれば、以後は内政干渉を一切排除することができます。また、占領憲法第9条についても、これを破棄すれば、名実共に自衛隊は帝国憲法下の軍隊として対外的に改めて承認されることになるのです。
ところで、それ以外の講和条約、つまり、桑港条約とこれと同時に締結した実質的な講和条約である日米間の旧安保条約、さらにその改訂としての新安保条約についてはどうでしょうか。これらは一部又は全部の破棄は、今後の国際政治情勢の分析を踏まえた政治的判断に委ねられることになります。
そこで、ここでは、東京裁判(極東国際軍事裁判)などに関する桑港条約第11条についてだけ述べることにします。いわゆるA級戦犯などの名誉回復措置については政府も国会も既に行いましたので、国内ではこの問題は解決していますが、国際的には名誉回復措置がなされていません。
桑港条約第11条には、「日本国は、極東国際軍事裁判所並び日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勸告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。」として裁判の受容をしているからです。
これを「裁判」と訳すのは間違いで、「judgments」は「諸判決」と訳すべきだとする見解もありますが、どちらにしても、この条項が存続する限り、国際的に戦犯の名誉回復措置がなされことはないのです。桑港条約の全部を破棄しますと、我が国が独立した根拠すら失うことになりますが、一部破棄なら直ぐにできます。これも事情変更の原則によります。日本は犯罪国でもなければA級戦犯の処罰は、罪刑法定主義に違反する暴挙であることを理由に、再審請求に代えて、この第11条を破棄すれば、国際的にも名誉回復措置が実現します。
これによって、我が国は東京裁判史観に拘束されるのだとする謬論から完全に脱却することができるのです。

23.皇室典範の復元について教えてください。

典範の復元措置としては、占領典範の排除と同時に、明治典範及びその他の皇室令ならびに皇室慣習法を回復させることです。勿論、これは、皇室の自治と自律を奉還するためになされるものであり、その復元措置とその後の改正などについては、専ら皇室の自治と自律に委ねられることになります。皇室の家法に、臣民の分際でこれに口を挟むことを許してはならないのです。
そして、その準備としてなされる具体的な手順としては、①昭和22年5月1日になされた明治典範を廃止する旨の勅令である「皇室典範及皇室典範増補廃止ノ件」を祓除(無效確認)して明治典範を復活させ、②昭和22年10月13日に占領典範のもとで初めてなされた「皇室会議」で、秩父宮、高松宮、三笠宮の三宮家を除く11宮家51人の皇族の皇籍離脱の決定が無効であることを前提として、明治典範第30条の皇族すべての皇族たる身分が回復された旨の新たな勅令を宣布され、③昭和22年4月40日になされた「皇族会議」を廃止する旨の勅令を祓除(無效確認)して皇族会議を復活させ、さらに、④昭和22年4月30日になされた「枢密院官制」(明治21年勅令第22号)と枢密院を廃止する旨の勅令や「皇室令及附属法令廃止ノ件」(昭和22年皇室令第12号)などを祓除(無效確認)して枢密院官制及び枢密院を復活させる旨の新たな勅令が宣布されれば、これだけで明治典範を含む正統典範の復元措置としては充分なのです。
つまり、「旧皇族」という呼称は誤りで、紛れもなく「現皇族」です。ですから、女系天皇、女性天皇、女性宮家などについて喧しく賛成だ反対だとの不遜極まりない議論をしている者は、すべて国民主権の信奉者たちですから、このような論争は百害あって一利なしです。すべては、明治典範その他の正統な宮務体系に基づいて、皇室の自治と自律を回復することによって全てが解決するのですから、そのことを最優先に主張すべきなのです。
そして、皇室の自治の自律が回復すれば、皇位継承の決定と変更、宮家の創立と復帰、明治典範の改正、皇族関連施設及び皇室行事管見施設(京都御所、皇居、東宮御所、御用邸など)に対する施設管理、行幸の決定、宮内庁長官その他の宮内庁職員全員の人事と組織編成など広範な権限が天皇と皇族に委ねられ、天皇の御叡慮に基づく大改革がなされるものと忖度いたします。

24.真正護憲論は旧無効論と異なり、法的安定性が保たれるとのことですが、それはなぜですか。

これまで、「無効論は過激である」という批判がありました。占領憲法が無効であれば、これまで占領憲法の下で制定された法令、行政処分、裁判などのすべてが否定されて、社会が大混乱に陥るというものです。つまり、法的安定性を破壊するという批判です。
これには一理あります。法的安定性が守られない見解であれば当然に受けなければならない批判です。しかし、それは、旧無効論に対するのもので、真正護憲論に対するものではありません。真正護憲論(新無効論)も「無効論」なのだから同じだという乱暴な議論や、真正護憲論を浸透させないために敢えて嘘の喧伝がなされています。
しかし、よく考えでいただきたいのです。真正護憲論は、帝国憲法の掲げる立憲主義に基づいてなされた自然な解釈です。帝国憲法は、法的安定性を害するような解釈を許す不完全な憲法ではありません。先ほど述べた第76条第1項がそれを許さないのです。ですから、憲法(帝国憲法改正法)としては無効な占領憲法を講和条約として転換させて受容しようとするのです。そうすると、帝国憲法下で締結されたと評価される占領憲法(慣習法)にも基づいて制定され運用された法令、行政処分、判決などは原則として否定されることはありません。ただし、前に述べたように、帝国憲法の復元改正手続において、帝国憲法体制と矛盾するものは、事後において法整備がなされ、段階的かつ個別的に除去されるのは当然のことです。

25.真正護憲論は緊急時における即応性があるのはなぜですか。

占領憲法が憲法であれば、自衛隊は違憲の存在です。そして、交戦権が認められないので、仮に、自衛権が認められたとしても、交戦権を行使する自衛戦争は認められないのです。外敵が攻めてきても、自衛隊は軍隊ではないとされていますから、軍隊としての戦闘行為ではなく、警察力と同じような正当防衛攻撃しかできません。戦時国際法の適用がないことになり、自衛官は捕虜となる資格すらなく、便衣兵として直ちに処刑されても仕方がありません。そして、一旦、領土の一部が不法に占拠されたときは、これを奪還する戦争をすることができません。急迫不正の侵害状態において認められる正当防衛の範囲を超えるからです。つまり、占領憲法では、北方領土や竹島のように、手も足も出せないのです。個別的自衛権とか集団的自衛権とかの議論は、全くのまやかしで、自衛権なるものの正体は、張り子の虎なのです。
ところが、真正護憲論では全く違った世界が広がります。占領憲法は講和条約ですから、後に締結された桑港条約によって、自衛権が認められ、自衛のための軍隊の保持が認められましたので、占領憲法第9条第2項(戦力不保持、交戦権否認)は廃止されました。これは、前の法令は後の同格の法令によって改廃されるとする「後法優位の原則」に基づくものです。ですから、自衛隊は、小泉元首相が言うように「軍隊」であり、帝国憲法下の軍隊として、世界各国と同様の権限と責務を持っていることになります。つまり、占領憲法に拘束されることなく、自衛戦争のみならず、奪われた領土を奪還する戦争を行う権限があるのです。
いま、占領憲法を憲法であるとして、これを改正しようとする改正論がありますが、この見解であれば、外国が侵略してきた緊急時であっても、手も足も出せずに、ひたすら改正手続をするのでしょうか。「泥縄式」という言葉がありますが、泥棒が入って占拠されても、縄をなうこともできず、縄をなう方法を議論することしかできないのです。これでは政治的には全く無力であり、亡国の道へと転落します。
そのときに、狼狽えて、超法規的措置とか、占領憲法を強引に解釈改憲して軍事行動することになると、立憲主義が否定され、国際的にも信用を失います。戦時法体系の整備がされていないままですから、戦闘継続が不可能となり、壊滅的な打撃を受ける可能性が高いのです。近隣諸国に、我が国が戦時法体系を整備するまで領土への攻撃を控えてくれることを期待することはできません。一刻を争うことですから、真正護憲論によって直ちに復元改正をなし、帝国憲法の立憲主義に則った権限と制約に基づいて対処しなければならないのです。
つまり、緊急時では、占領憲法の改正論では立憲的な即応性が全くないのに対して、真正護憲論は、帝国憲法に基づく立憲的な即応性があるという顕著な違いがあります。真の政治家であれば、この緊急性と現実性に目覚めて行動するはずです。一億総評論家では祖国の防衛と再生は実現できなのです。

むすび

冒頭に申しましたが、真正護憲論は、自立再生社会の再構築という目的を実現するための手段です。国家論を語るには、国家百年の大計がなければなりません。占領憲法を改正するとか、しないとか、あるいは無効だというような議論は、決して、衒学趣味による為にするものであってはならないのです。占領憲法を改正するというのであれば、その具体的な政治日程を示さなければなりませんが、改正論者は誰もそれを示せません。しかも、その改正をすることだけを政治目標とするたけで、改正した後に、どのような理想に向かって国家を経綸するのかという国家目標を示さないのです。
真正護憲論が目的とする自立再生論は、その国家目標を明確に提示しています。もし、真正護憲論を批判されるのであれば、単に、学術的な側面だけでなく、自己の国家目標を明確に提示して、そこに到達する手段として、どのような憲法理論であれば、その国家目標に早く確実に到達できるかという視点で語ってもらいたいのです。批判のための批判をするのではなく、相互の国家目標を検討しながら競い合い、より良い祖国の姿を描き出すことが我々の使命であると確信しています。

(参考文献)

1 「日本国憲法無効宣言」(渡部昇一、南出喜久治共著)ビジネス社(平成19年)
2 「占領憲法の正體」(南出喜久治著)国書刊行会(平成21年)
3 「國體護持總論(HTML版)」http://kokutaigoji.com/books/menu_kokutaigojisouron.html
南出喜久治著(平成21年)
4 「くにからのみち(國體護持總論〈普及版シリーズ〉第一巻)」(南出喜久治著)まほらまと草紙(平成21年)
5 「かへるうぶすな(國體護持總論〈普及版シリーズ〉第二巻)」(南出喜久治著)まほらまと草紙(平成22年)
6 「とこしへのみよ(國體護持總論〈普及版シリーズ〉第三巻)」(南出喜久治著)まほらまと草紙(平成23年)
7 「まほらまと  (國體護持總論〈普及版シリーズ〉第六巻)」(南出喜久治著)まほらまと草紙(平成21年)
8 「中国が攻めてくる!日本は憲法で滅ぶ」(渡部昇一監修、南出喜久治外共著)総和社(平成23年)